モータースポーツ 2006シーズン 紫電
Super GT 2006 Series 第9戦 -FUJIスピードウェイ-
DATE : 2007.02.06
| 2006年11月4・5日 静岡県 FUJIピードウェイ JGTCからSUPER GTとなり、シリーズ最多9戦となる2006年シーズンも、8戦を戦い、いよいよ最終戦をむかえる。 フル参戦5年目のCarsTokaiDream28だが、今年の最終戦はいつもと違う…。 |
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11月2日(木)設営
JGTCからSUPER GTとなり、シリーズ最多9戦となる2006年シーズンも、8戦を戦い、いよいよ最終戦をむかえる。
フル参戦5年目のCarsTokaiDream28(8月にVERNO TOKAI DREAM28から改名)だが、今年の最終戦はいつもと違う。
なんと、2位に5点差をつけ、ドライバーズランキングでトップ、チャンピオンに最も近い所にいるのである。
勿論突然ランキング上位に顔を出した訳ではないが、6月の4戦、マレーシア戦でランキング3位となり、続く7月第5戦SUGOの初表彰台でランキング2位となり、にわかにチャンピオンを意識し始めた。
6戦鈴鹿1000kmの5位はやや不本意ながら、1000kmのボーナスポイントも加わり、ランキングは2位をキープ。7戦モテギでは苦戦は予想していたとは言え、まさかの無得点。3位に後退してしまった。ところが第8戦オートポリスをパーフェクトレースで終え、ポイント27点が加わり、「プリヴェチューリッヒ紫電」高橋、加藤組は、一気にドライバーズランキングトップに躍り出たのである。
しかしその代償としてウェイトハンディは更に加わり、合計100kg!と300クラス最高である。
(開幕戦1150kgだったが、直ぐに性能調整50kgが加わり、最終戦は1300kgで走る事になる。)
チャンピオン争いは、「プリヴェチューリッヒ紫電」2号車、7号車RX7、61号車VEMAC(ヴィーマック)の3台に絞られ、この2台の前でゴールすれば無論チャンピオンだが、7号車が1位の場合我々が2位となって同ポイントとなるが、その場合、優勝回数が多い、7号車がチャンピオンとなる。っが、やはり85kgのウェイトを積む7号車が1位となる事はかなりむずかしいであろう。また11ポイント差がある61号車が、その差を埋めての逆転チャンピオンも同様であろう・・。
マシンの完成度も上がり、またドライバー、とりわけ高橋選手のスキルUPは目を見張る物があり、下馬評でも2号車有利がささやかれていた・・・っが、レースでは何が起こるか判らない。
11月3日(金)フリー走行
昨夜の雨も上がり、路面は所々濡れているが、殆どドライに変わりつつある。
まずは加藤選手が、他のマシンと同様に、レインタイヤで様子を見にコースイン。予想通りコースは殆どドライ。体慣らしで3周ほどしてピットイン。スリックタイヤに履き替え再度コースイン。
数種のタイヤテストを行い、高橋選手に交代。両ドライバー共、17~18周ずつを走り、加藤選手1′44″472、高橋選手1′47″234。
流石に100kgのウェイトが効いており、それらはコース全周に及び、8戦直前に多少改善されたとは言え、トップスピードで劣る紫電はコーナーリングスピードが勝負所。それらにモロ影響を及ぼす100kg!である。
午後も両ドライバー共に20周づつほど・・・。順調にラップを重ね、タイヤのテストも進む。このタイヤテストは、NEWタイヤによる場合もあるが、実際のレースにおける終盤時を想定して、ユーズドを使って走行する事もある。
また、かねてから予定していた、秘密アイテム「リヤホイールカバー」を装着しての走行も行われた。これはリヤの、ホイール部を覆ったカバーで整流効果を高め、トップスピードを“少し”でも高めようという物で、反面ブレーキの放熱が損なわれる事から、決勝レースでは使用できない。全くの予選専用アイテムで、500の一部のマシンでも使用しており、古くからあるアイデアで、決して画期的な発明品では無い。
午後のベストタイムは加藤選手の、1′43″461。本日総合で8番手である。タイムだけなら決して悪い訳ではない。
ただ、性能引上げ措置を受けたり、ハンディウェイトの軽いマシンが42秒台~43秒前半をマークしているのである。
本心はこれらのマシンが7号車の前に入ってくれる事を望んでいるのだが・・・。
他のチャンピオン争いの2台はと言うと、7号車は85kg、61号車は70kgと言うクラス2位、3位のウェイトに苦しみ、それぞれ14、15番手と我々より下位に沈んでいる。しかし今日はそんな順位になんら関係が無いフリー走行。果たして明日は・・・。
11月4日(土)予選 晴れ 路面 午前午後共ドライ
このレースウィーク、朝晩パラッと雨が降ったようだ。しかし走行セッションでは、今日の予選もくもり空だが、雨の心配なさそうだ。 この最終戦はポールポジション等、予選順位によるポイントは無いが、(レースファステストも同じく)グリッド位置、特に7号車、61号車より前にいる事は重要だ。昨日のタイムからではスーパーラップ、(以下「SL」:1回目予選上位10台による1台づつのタイムアタック。これによりスターティンググリッドを確定する)に進出できるかどうかは微妙なだが、ジャンプアップの為にもSL進出は果たしたい。
その1回目予選、開始後約8分まで他車のタイムを充分確認。加藤寛規選手がスタート。計測2周目で1′43″048の4番手タイム。しかしその後他のマシンもタイムアップ。20分間の300専有時間が終わる時には9番手に落ちSL進出は微妙な状態となり、500との混走セッションで様子を見、更なるタイムアップを計る。その為まずは高橋選手が3周程計測し基準タイムをクリア。加藤選手に交代、NEWタイヤを装着し待機。ところがこの時点で既に10番手。SLが危うくなってきたので残り9分でコースイン。ここからSL圏内ギリギリの8位以降のタイムアタックは熾烈を極め、めまぐるしく入れ替わり、加藤選手も予選終了ラップで43″009とタイムアップを果たしたが、13番手とSL進出を逃し、決勝は13番グリッドが確定。しかし7号車も11番手僅差。61号車は21番手と大きく後退。チャンピオン争いは7号車との一騎打ちの様相となった。
11月5日(日)決勝 晴れ 路面:ドライ
今日は富士山もくっきり!この最終決戦にふさわしい快晴は2号車の為のものか?7号車の為のものか?満タンの朝のフリー走行では22番手と低迷するが、決勝に向けての策も練っている。7号車は13番手だが、特に不安材料とは考えない。 とッ、ここでハプニング!ピットロードに入って来た高橋選手が、ピット前を通り過ぎてしまった!あわててメカが駆け寄り、マシンを押し戻す。 今回は4番ピットと、かなり手前(最終コーナー側)で、我々が勝手に思っている表彰台に近い“上座”である。いつもは30何番あたりの“下座”が多いので、慣れておらず行き過ぎてしまった。 決勝レースはオートポリス同様加藤選手がスタートを担当。このローテーションは前日まで迷っていたのだが、このハプニングが“迷いのバランス”を崩したとも言える。(後なら、ピットインは無い。) でも本当はチャンピオン確定のチェッカーは、やはりオーナーである高橋選手が受けるべきであろう。苦節5年プライベーターのオーナードライバーとしての“権利”では無く、チームクルーからの“義務”だ!と言う声で決定した。 今回は表彰台とか上位入賞を望める状態では無い。第8戦の様な“トップ”争いではなく、“チャンピオン”争いである。7号車との位置関係を基に、確実に走り切ることだ。
グリッドへ向けてピットを出る。今シーズントラブルにより、2回のピットスタートを喫しただけに、無事に出て行くとかなりホッとするのは私だけだろうか? グリッド上のマシン周辺は今までに無い、人人人・・・。グリッド中位とは言え、チャンピオン争いのマシンが前後に並んでいる。メディアの取材もやり易いのかな・・? グリッドも7号車より後ろだが、この位置なら2号車まだまだ有利である。(圧倒的とまではいえないが・・)
レースは定刻の14時フォーメーションラップのあとスタートが切られた。序盤は7号車にピタリ追走する形で12位。ところが6周目のヘアピンを回った7号車、山野選手がなんと単独スピン!序盤でこの程度の接戦など、名手山野選手にとって、プレッシャーでも何でも無い。全くのケアレスミス。 この周回0.4秒差で真後ろにいた加藤選手は無事かわし11位へ。7号車は一気に21位、タイム差も22秒と大きく後退。山野選手の苦悩の顔が目に浮かぶ。
その後は完全に余裕の周回を重ね、上位の波乱、加藤選手の追い上げで、8周目8位、18周目7位と順位を上げて来た。その頃、チャンピオンが大きく遠のいた7号車は、それでも猛チャージ、ジワジワと追い上げ、300クラスのピットインの始まった、26周目には10秒弱にまで迫っていた。それもそのはず、スピンした翌周からピットインまでの、29周の平均ラップタイムは2号車、加藤選手の1′46″074に対し、7号車山野選手は1′45″552とコンマ5秒ずつ縮めてきている。ファステストとなる、44″396もタイヤもタレてきていると思われる28周目に記録しており、山野選手の頑張りが伝わる。
その7号車は、36周目にピットイン、左タイヤ2本のみ交換で、ピットストップを短縮し、井入選手をコースに送り出している。(GTレースでは、タイヤ交換は2名で行うルールなので、4本交換するより確実に時間は短縮できる) 加藤選手も見かけの順位が41周目には1位に上がり、その翌周、42周目ピットイン。 実は2号車もレース前の打ち合わせで、タイヤ2本交換を予定しており、こちらはフロント2本である。共に“変則”タイヤチェンジで後半のレースとなった。ピット作業を終え、エアジャッキ降下!っが、エンジニア、シンチちゃん担当のエアジャッキのアダプターが外れない!間髪いれず、取り外し手順を変え、抜き取る。(この手順説明はややこしいので省略)この間は1~2秒かもしれないが、決勝レースでのピット作業時のロスタイムは長く感じられる。 実際ピット作業も、インラップ、アウトラップも7号車と殆ど互角であった。
コースに復帰した高橋選手の順位は6位。11位の7号車とのタイム差はプラス7秒。充分と思われたこのマージン。ところがこの“変則”タイヤチェンジに、高橋選手のペースが上がらない。と言うよりズルズルと下がっていき、49周目には9位、50周目には10位7号車とテールtoノーズとなる。 紫電はテスト、フリー走行段階でタイヤが磨耗してくるとアンダーステアの傾向が強くなる事が判っており、そのバランスをとる為、フロントのみソフトに交換したのだが、フロントのグリップが増しすぎて今度はオーバーステアが酷くなってしまったのだ。テストでいくら確認していても、決勝レースで思いがけぬ結果になる事もあるが、今回は正にそれである。 それでも2周程押さえるが、52周目ついにパスされ、7号車はポイント圏内の10位へ! レースは66周だが、300クラスは恐らく60~61周。残り10周を切り、ここから7号車が6位へ上がる事は容易では無い。また高橋選手がポイント圏内に入れば、更に上に行かなくてはならないので、まだ充分なマージンと思われた。 がっ、一度は消えたと思われた、チャンピオンの灯りに導かれる様に7号車は猛チャージ。 55周目には8位、そして58周目には前を行く55号車がペナルティーの為ドライブスルーで7位に上がる。これに伴い高橋選手も10位となるが、ペースが上がらない事には変わりは無く、後方からポイント圏内に入ろうとする数台が迫っており、まず87号車に先行され再び圏外11位へ。
61周目。トップは44周目からポジションを守る62号車。このまま行けば今シーズン唯一の2勝となる。 その40秒後に6位の88号車、白ランボが通過。この順位に入る事が絶対条件の7号車は、88号車に4秒リードされている。2号車高橋選手は更に18秒遅れた11位で同じ61周目に突入。 その直後に500トップがチェッカーを受けたので、これがファイナルラップとなる。
7号車は7位のまま、4秒先行する88号車ランボールギーニ。このままであれば高橋選手がポイント圏外でもチャンピオンである。
ストレートに、先に戻って来たのは白いランボールギーニ!後方に7号車。やったチャンピオンだ!と、ピットウォールでクルーがガッツポーズ!
「高橋さんチャンピオンです!チャンピオン!」とシンちゃん。
すると高橋選手「ほんとー?もっぺん(名古屋弁でもう1回の意味)確かめてて!」
とっ、そこでTVモニターをみるとなんと7号車が6位!?
なんで??
高橋選手はファイナルラップに突入した時のまま変わらず11位である。
上から順位を確認してみると、なんと中盤からトップを快走していた62号車がいない!
ファイナルラップの最終コーナーで62号車が止まっているのを高橋選手は見ていたので、順位に疑問を持ったのである。
我々は、TVモニターしかコースの様子がわからないが、そのモニターも500クラスのウィニングランを映し出しているだけだったので、7号車の前の、しかも直前のマシンがフィニッシュするのを見ていたのである。
予選13位 : 決勝12位
獲得ポイント チームポイント0点 累計63点 ランキング 3位
ドライバーポイント0点 累計86点 ランキング 2位
今回の敗因のひとつは高橋選手の思わぬ低迷でしょう。 決勝日、朝のフリー走行では45~46秒、またそれまでの予選も含めた走行でも46秒前後の安定したタイムを刻み、優勝したオートポリスの決勝でも、終始自己ベスト近くを刻んだ。 <br> ところが今回の決勝。ドライバー交代後のラップタイムは、7号車井入選手が44~47秒台。それに対し2号車、高橋選手は46~48秒台。チェッカー直前の3周に限っては49~51秒台である。
原因はタイヤの変則交換から来たであろう?マシンバランスが、これまでのアンダーステアから、オーバーステアへと、正反対に急変してしまった事による。
こんな時はどうするか?加藤選手に言わせれば「(グリップの良い)フロントタイヤを壊すんですよ。」との事。ですが、そんな事をいきなりできるドライバーはそんなにはいないでしょう。日本で五指に入ると言われるプロドライバー、加藤選手ならではの、対処法です。
レースウィークでは、決勝へ向けて最適なマシンバランス見つける事を目的とします。(予選一発!を見つける事も重要)特に、我々のチームの様にドライバーが“プロ”“アマ”混成となると、“アマ”の高橋選手がドライビングし易いセッティングにします。(“し易い”と言っても“誰でも”と言う意味でありません)
しかしそれは、高橋選手のスキルUPに合わせ、徐々に“プロ”方向へ向かって行き、マシンその物の熟成と合わせ、菅生での3位表彰台、そしてオートポリスでの優勝をもたらしました。
が、そのバランスが想定外に大きく崩れ、結局そのマシンバランスを、受け入れるしか無い高橋選手は、思わぬ動きをするマシンと格闘し、無事にゴールへと導いたものの、本人にとっては不本意なドライビングであった。
結果論からすれば、変則タイヤ交換を止め、4本共交換すれば、恐らくマシンバランスを崩す事はなかっただろう(多分)。ピットイン時にもっとマージンがあればそうしただろうが、7号車が2本交換でピットストップを短縮した以上、それに倣うのは、当然の選択だろう。(元々オプションとして想定したし・・。)ただそこには“一か八か”のギャンブル的な要素もあり、今回は“負”の結果がでてしまっただけであり、こうした“ギャンブル的掛け”は膨大にデーター収集しているF1でも往々にしてある。 (もつと思ったタイヤがダメになるとか、ガソリン消費が多くなり、途中からペースダウンを余儀なくされるとか・・。)
モータースポーツは、ある意味それらの安全マージン(ハード、ソフト共)をどこまで“見切り”削り落とすかのスポーツと言えるでしょう。 結果はこうなってしまったが、高橋選手には来シーズンに向けての“宿題”ができた。ここ1シーズンで格段にドライビングスキルがUPした高橋選手だが、2007年チャンピオン再チャレンジをするには更に“補助輪”を外す時期に来たのかも・・・。
02年からずっと戦ってきた、この98モデルNSXもこの富士が最後のレースとなった。結果は2週遅れながら、周防・山下両選手は無事NSXを23位で完走させた。
無限と童夢のコラボマシンは現在でも、特に300クラスでは見劣りする物ではない。しかし、9年間(内2年は休止)戦ったレーシングマシンとして性能を維持するには、パーツによってはお金で解決できない部分もあり、(実際にはお金で解決できない事はないが、掛かりすぎるパーツも多い。)プライベーターにはやや手に余る。 Hondaからの貸与マシンと言うこともあり、このレースで完全引退となります。これまでプライベーターの走らせるNSXとして、多くの応援をいただき本当にありがとうございました。


