モータースポーツ

Super GT 2006 Series 第9戦 -FUJIスピードウェイ-

2006年11月4・5日 静岡県 FUJIピードウェイ
JGTCからSUPER GTとなり、シリーズ最多9戦となる2006年シーズンも、
8戦を戦い、いよいよ最終戦をむかえる。

フル参戦5年目のCarsTokaiDream28だが、今年の最終戦はいつもと違う…。
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SUPER GT FUJI GT300km



開催日:2006年11月4・5日
サーキット 静岡県 FUJIスピードウェイ
マシン名 プリヴェチューリッヒ・紫電
ドライバー 高橋 一穂・ 加藤 寛規




11月2日(木)設営



 JGTCからSUPER GTとなり、シリーズ最多9戦となる2006年シーズンも、8戦を戦い、いよいよ最終戦をむかえる。 

 フル参戦5年目のCarsTokaiDream28(8月にVERNO TOKAI DREAM28から改名)だが、今年の最終戦はいつもと違う。

なんと、2位に5点差をつけ、ドライバーズランキングでトップ、チャンピオンに最も近い所にいるのである。

勿論突然ランキング上位に顔を出した訳ではないが、6月の4戦、マレーシア戦でランキング3位となり、続く7月第5戦SUGOの初表彰台でランキング2位となり、にわかにチャンピオンを意識し始めた。

6戦鈴鹿1000kmの5位はやや不本意ながら、1000kmのボーナスポイントも加わり、ランキングは2位をキープ。7戦モテギでは苦戦は予想していたとは言え、まさかの無得点。3位に後退してしまった。ところが第8戦オートポリスをパーフェクトレースで終え、ポイント27点が加わり、「プリヴェチューリッヒ紫電」高橋、加藤組は、一気にドライバーズランキングトップに躍り出たのである。

しかしその代償としてウェイトハンディは更に加わり、合計100kg!と300クラス最高である。

(開幕戦1150kgだったが、直ぐに性能調整50kgが加わり、最終戦は1300kgで走る事になる。)
チャンピオン争いは、「プリヴェチューリッヒ紫電」2号車、7号車RX7、61号車VEMAC(ヴィーマック)の3台に絞られ、この2台の前でゴールすれば無論チャンピオンだが、7号車が1位の場合我々が2位となって同ポイントとなるが、その場合、優勝回数が多い、7号車がチャンピオンとなる。っが、やはり85kgのウェイトを積む7号車が1位となる事はかなりむずかしいであろう。また11ポイント差がある61号車が、その差を埋めての逆転チャンピオンも同様であろう・・。

マシンの完成度も上がり、またドライバー、とりわけ高橋選手のスキルUPは目を見張る物があり、下馬評でも2号車有利がささやかれていた・・・っが、レースでは何が起こるか判らない。



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オートPで脱落の危機に瀕した、
エキゾーストエンド部も改良?
 

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加藤選手から高橋選手に伝授された
FUJI攻略マニュアル。
ぼかさせていただきます。


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冷蔵庫の中は大山豆腐むぎとろ納豆がぎっしり。
もちろん加藤選手からの差入れ。





11月3日(金)フリー走行




昨夜の雨も上がり、路面は所々濡れているが、殆どドライに変わりつつある。

まずは加藤選手が、他のマシンと同様に、レインタイヤで様子を見にコースイン。予想通りコースは殆どドライ。体慣らしで3周ほどしてピットイン。スリックタイヤに履き替え再度コースイン。

数種のタイヤテストを行い、高橋選手に交代。両ドライバー共、17~18周ずつを走り、加藤選手1′44″472、高橋選手1′47″234。
 流石に100kgのウェイトが効いており、それらはコース全周に及び、8戦直前に多少改善されたとは言え、トップスピードで劣る紫電はコーナーリングスピードが勝負所。それらにモロ影響を及ぼす100kg!である。

このGTはエンジンパワーに影響する、リストリクター(吸気吸入口)を、ウェイトと“引換え”に増減する事ができる。7号車はリストリクター、1サイズ(GTのレギレーションに規定のサイズ表がある。)絞り、50kg減量している。逆に61号車は50kg増量してでも1サイズ大きくしている。2号車紫電はそのままと、3“車”3様で最終戦に臨んでいる。


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ウェイトは100kg!
クラス全車中最高であり、300クラスのリミット!
ウェイトに対するアプローチは各チームさまざま。

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レインタイヤでの走行はこの日の午前1回のみ。
 
 

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予選に向けた秘密兵器の撮影は「ちょっと待った!」

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エキゾーストは相変わらずのアキレス腱。

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応援横断幕も準備完了!
加藤選手の旧ヴァージョンも再登場。

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この日は両ドライバー順調に
メニューを消化する。



午後も両ドライバー共に20周づつほど・・・。順調にラップを重ね、タイヤのテストも進む。このタイヤテストは、NEWタイヤによる場合もあるが、実際のレースにおける終盤時を想定して、ユーズドを使って走行する事もある。

また、かねてから予定していた、秘密アイテム「リヤホイールカバー」を装着しての走行も行われた。これはリヤの、ホイール部を覆ったカバーで整流効果を高め、トップスピードを“少し”でも高めようという物で、反面ブレーキの放熱が損なわれる事から、決勝レースでは使用できない。全くの予選専用アイテムで、500の一部のマシンでも使用しており、古くからあるアイデアで、決して画期的な発明品では無い。

午後のベストタイムは加藤選手の、1′43″461。本日総合で8番手である。タイムだけなら決して悪い訳ではない。

 ただ、性能引上げ措置を受けたり、ハンディウェイトの軽いマシンが42秒台~43秒前半をマークしているのである。

 本心はこれらのマシンが7号車の前に入ってくれる事を望んでいるのだが・・・。

他のチャンピオン争いの2台はと言うと、7号車は85kg、61号車は70kgと言うクラス2位、3位のウェイトに苦しみ、それぞれ14、15番手と我々より下位に沈んでいる。しかし今日はそんな順位になんら関係が無いフリー走行。果たして明日は・・・。

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これがホイールカバー。
特別目新しいアイテムではない。

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オートポリスからのパワーアップとウェイトで相殺か?トップスピードは5月の第3戦から僅か。


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順調にメニューはこなされて行く。

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“現場”でこれが外されている時はほとんどギアレシオ交換





11月4日(土)予選


晴れ 路面 午前午後共ドライ


このレースウィーク、朝晩パラッと雨が降ったようだ。しかし走行セッションでは、今日の予選もくもり空だが、雨の心配なさそうだ。
 この最終戦はポールポジション等、予選順位によるポイントは無いが、(レースファステストも同じく)グリッド位置、特に7号車、61号車より前にいる事は重要だ。昨日のタイムからではスーパーラップ、(以下「SL」:1回目予選上位10台による1台づつのタイムアタック。これによりスターティンググリッドを確定する)に進出できるかどうかは微妙なだが、ジャンプアップの為にもSL進出は果たしたい。

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雨こそ無いがドンより模様。
 
 

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マシンも快調。
小休止のメカも笑みがこぼれる。って、いつもだけどね。
そうカリカリしてないし。

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ブリーフィングを終えて出てきた
ドライバーをカメラで待ち受けるファン。

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ホイールカバー正面。
 



 その1回目予選、開始後約8分まで他車のタイムを充分確認。加藤寛規選手がスタート。計測2周目で1′43″048の4番手タイム。しかしその後他のマシンもタイムアップ。20分間の300専有時間が終わる時には9番手に落ちSL進出は微妙な状態となり、500との混走セッションで様子を見、更なるタイムアップを計る。その為まずは高橋選手が3周程計測し基準タイムをクリア。加藤選手に交代、NEWタイヤを装着し待機。ところがこの時点で既に10番手。SLが危うくなってきたので残り9分でコースイン。ここからSL圏内ギリギリの8位以降のタイムアタックは熾烈を極め、めまぐるしく入れ替わり、加藤選手も予選終了ラップで43″009とタイムアップを果たしたが、13番手とSL進出を逃し、決勝は13番グリッドが確定。しかし7号車も11番手僅差。61号車は21番手と大きく後退。チャンピオン争いは7号車との一騎打ちの様相となった。

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予選開始直前、最終チェック。

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出走準備をする加藤選手にメディアの”砲列”ができる。

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同クラスのタイムを見、
ターゲットタイムを確認する加藤選手だったが・・・。

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最初のアタックに出る加藤選手。
 

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加藤選手の最初のアタックは4番手タイムだったが・・
300占有時間が終わる頃には9番手に後退。

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混走時間に高橋選手のアタック。
 



 最終戦でのポイント差は2位の7号車と5ポイント差。仮に「プリヴェチューリッヒ紫電」2号車がノーポイント(11位以下やリタイヤ)でも7号車は6位で5ポイントを取らなくてはならない。
 ちなみに同点の場合、上位入賞回数の多い7号車がチャンピオンとなる。勿論2号車が10位以内のポイント圏内10位なら7号車は5位、9位なら7号車は4位と、更に上位に行かなくてはならない。
(61号車とは11ポイント差なので、2号車がノーポイントでも、その差を埋めるには最低表彰台の3位が必要で、今回の調子からすると、かなり難しいであろう。)

マシンも快調。全てをやり尽くし(たはず)“未来予想図”もできた。ここまでの仕上がり、タイム、スターティンググリッド、ポイント差からしても、順調にレースを運べば、チャンピオンは確実であろう・・・と。
今夜は、連日深夜に及ぶ作業を続けたメカの労をねぎらい、御殿場のイタリアンレストランで、全スタッフで1日早いプレ祝勝会を行った。

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その高橋選手も、実質2周のアタックで
さっさと切り上げ。

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NEWタイヤ2セット目を投入し、
加藤選手が更なるタイムアップを目指すが・・。

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僅かなタイムアップにとどまり結局13番手!
SL進出を逃す。

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SLも無くなり、マシンも快調。
みんな揃ってランチを取る。

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シリーズ後半からか?オートスポーツ誌載ってからか?
高橋選手“にも”サインを求める方が増えた気が…。

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日没も早くなったこの季節。
暗くなったが、ピットワーク練習が行われる。





11月5日(日)決勝


晴れ 路面:ドライ


 今日は富士山もくっきり!この最終決戦にふさわしい快晴は2号車の為のものか?7号車の為のものか?満タンの朝のフリー走行では22番手と低迷するが、決勝に向けての策も練っている。7号車は13番手だが、特に不安材料とは考えない。

 とッ、ここでハプニング!ピットロードに入って来た高橋選手が、ピット前を通り過ぎてしまった!あわててメカが駆け寄り、マシンを押し戻す。
今回は4番ピットと、かなり手前(最終コーナー側)で、我々が勝手に思っている表彰台に近い“上座”である。いつもは30何番あたりの“下座”が多いので、慣れておらず行き過ぎてしまった。

 決勝レースはオートポリス同様加藤選手がスタートを担当。このローテーションは前日まで迷っていたのだが、このハプニングが“迷いのバランス”を崩したとも言える。(後なら、ピットインは無い。)
でも本当はチャンピオン確定のチェッカーは、やはりオーナーである高橋選手が受けるべきであろう。苦節5年プライベーターのオーナードライバーとしての“権利”では無く、チームクルーからの“義務”だ!と言う声で決定した。
今回は表彰台とか上位入賞を望める状態では無い。第8戦の様な“トップ”争いではなく、“チャンピオン”争いである。7号車との位置関係を基に、確実に走り切ることだ。

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このレースウィーク一番の快晴。
 
 
 

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手前エンジニア、シンタロー。
奥、戸田レーシング柚木エンジニア。
真剣に?計算中。机上のデーターを、
レース中も刻々と修正し、
レースを組み立てる。

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ミーティング。この時に変則タイヤ交換は
オプションとして用意されていた。

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左、666号車のアドバイザー、
ベテラン福山選手。




 グリッドへ向けてピットを出る。今シーズントラブルにより、2回のピットスタートを喫しただけに、無事に出て行くとかなりホッとするのは私だけだろうか?
 グリッド上のマシン周辺は今までに無い、人人人・・・。グリッド中位とは言え、チャンピオン争いのマシンが前後に並んでいる。メディアの取材もやり易いのかな・・?
 グリッドも7号車より後ろだが、この位置なら2号車まだまだ有利である。(圧倒的とまではいえないが・・)

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ウォームアップランに出る紫電。
ピット上も観客ビッシリ。

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ピットワーク最終チェック。
ドライバーは加藤選手がスタートを勤める。

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関東圏の富士はスタンドもビッシリ!

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7号車井入選手、山野選手とレース前の談笑。

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グリッド位置はこんな感じ。
前の7号車に食らいついて行けばチャンピオン。
(ただし優勝されてはダメ)

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スタート前の両選手。ほぼ“もらった”も同然…
 
 




 レースは定刻の14時フォーメーションラップのあとスタートが切られた。序盤は7号車にピタリ追走する形で12位。ところが6周目のヘアピンを回った7号車、山野選手がなんと単独スピン!序盤でこの程度の接戦など、名手山野選手にとって、プレッシャーでも何でも無い。全くのケアレスミス。
この周回0.4秒差で真後ろにいた加藤選手は無事かわし11位へ。7号車は一気に21位、タイム差も22秒と大きく後退。山野選手の苦悩の顔が目に浮かぶ。

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スタートは中段に埋もれる。
(当り前)だがあせりは不要。

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序盤は7号車に追走する形となるが・・・。
 

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6周目なんと!7号車山野選手が単独スピン!

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その後は“余裕”で周回をこなす事となる。




 その後は完全に余裕の周回を重ね、上位の波乱、加藤選手の追い上げで、8周目8位、18周目7位と順位を上げて来た。その頃、チャンピオンが大きく遠のいた7号車は、それでも猛チャージ、ジワジワと追い上げ、300クラスのピットインの始まった、26周目には10秒弱にまで迫っていた。それもそのはず、スピンした翌周からピットインまでの、29周の平均ラップタイムは2号車、加藤選手の1′46″074に対し、7号車山野選手は1′45″552とコンマ5秒ずつ縮めてきている。ファステストとなる、44″396もタイヤもタレてきていると思われる28周目に記録しており、山野選手の頑張りが伝わる。


 その7号車は、36周目にピットイン、左タイヤ2本のみ交換で、ピットストップを短縮し、井入選手をコースに送り出している。(GTレースでは、タイヤ交換は2名で行うルールなので、4本交換するより確実に時間は短縮できる)
 加藤選手も見かけの順位が41周目には1位に上がり、その翌周、42周目ピットイン。
 実は2号車もレース前の打ち合わせで、タイヤ2本交換を予定しており、こちらはフロント2本である。共に“変則”タイヤチェンジで後半のレースとなった。ピット作業を終え、エアジャッキ降下!っが、エンジニア、シンチちゃん担当のエアジャッキのアダプターが外れない!間髪いれず、取り外し手順を変え、抜き取る。(この手順説明はややこしいので省略)この間は1~2秒かもしれないが、決勝レースでのピット作業時のロスタイムは長く感じられる。
実際ピット作業も、インラップ、アウトラップも7号車と殆ど互角であった。

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交代直前、モニターでレース展開を見る高橋選手。

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加藤選手は目一杯の42周まで引っぱる。




 コースに復帰した高橋選手の順位は6位。11位の7号車とのタイム差はプラス7秒。充分と思われたこのマージン。ところがこの“変則”タイヤチェンジに、高橋選手のペースが上がらない。と言うよりズルズルと下がっていき、49周目には9位、50周目には10位7号車とテールtoノーズとなる。


 紫電はテスト、フリー走行段階でタイヤが磨耗してくるとアンダーステアの傾向が強くなる事が判っており、そのバランスをとる為、フロントのみソフトに交換したのだが、フロントのグリップが増しすぎて今度はオーバーステアが酷くなってしまったのだ。テストでいくら確認していても、決勝レースで思いがけぬ結果になる事もあるが、今回は正にそれである。
 それでも2周程押さえるが、52周目ついにパスされ、7号車はポイント圏内の10位へ!
 レースは66周だが、300クラスは恐らく60~61周。残り10周を切り、ここから7号車が6位へ上がる事は容易では無い。また高橋選手がポイント圏内に入れば、更に上に行かなくてはならないので、まだ充分なマージンと思われた。

 がっ、一度は消えたと思われた、チャンピオンの灯りに導かれる様に7号車は猛チャージ。
 55周目には8位、そして58周目には前を行く55号車がペナルティーの為ドライブスルーで7位に上がる。これに伴い高橋選手も10位となるが、ペースが上がらない事には変わりは無く、後方からポイント圏内に入ろうとする数台が迫っており、まず87号車に先行され再び圏外11位へ。

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インタビューを受ける交代直後の加藤選手。
この後リポーターは大忙しとなる。

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メカと共にレースを見守る加藤選手。
 

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“裏”でも食い入るようにモニター見守るクルー。
 
 

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ファイナルラップが迫り、
クルーもサインエリアでモニターを見守り、
“その時”を待ち受ける。




 61周目。トップは44周目からポジションを守る62号車。このまま行けば今シーズン唯一の2勝となる。
その40秒後に6位の88号車、白ランボが通過。この順位に入る事が絶対条件の7号車は、88号車に4秒リードされている。2号車高橋選手は更に18秒遅れた11位で同じ61周目に突入。
その直後に500トップがチェッカーを受けたので、これがファイナルラップとなる。

 7号車は7位のまま、4秒先行する88号車ランボールギーニ。このままであれば高橋選手がポイント圏外でもチャンピオンである。

 ストレートに、先に戻って来たのは白いランボールギーニ!後方に7号車。やったチャンピオンだ!と、ピットウォールでクルーがガッツポーズ!

「高橋さんチャンピオンです!チャンピオン!」とシンちゃん。
すると高橋選手「ほんとー?もっぺん(名古屋弁でもう1回の意味)確かめてて!」

 とっ、そこでTVモニターをみるとなんと7号車が6位!?
なんで??
 高橋選手はファイナルラップに突入した時のまま変わらず11位である。
 上から順位を確認してみると、なんと中盤からトップを快走していた62号車がいない!
 ファイナルラップの最終コーナーで62号車が止まっているのを高橋選手は見ていたので、順位に疑問を持ったのである。

 我々は、TVモニターしかコースの様子がわからないが、そのモニターも500クラスのウィニングランを映し出しているだけだったので、7号車の前の、しかも直前のマシンがフィニッシュするのを見ていたのである。 

 まさかトップが止まったとは夢にも思わなかったが、それにより順位が繰り上がったのだ。ならば高橋選手も10位になり、1ポイント加わり、チャンピオンとなるのでは・・?しかし高橋選手は最終ラップに96号車に抜かれ結局11位でチェッカー。(レース後、黄旗区間でのコースアウトがペナルティを取られ、12位が正式となるが、この際あまり意味をなさない。罰金は“イタタ”だが・・)
 チャンピオンは1ポイント差で、夢と消えた。その62号車ストップの原因はなんとガス欠!共に悔やんでも悔やみきれないシーズン最終戦となりました。

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“幻”となったガッツポーズ!
しかしこの時点では皆チャンピオンを疑わなかった。

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”幻”のはずだった山野選手の感涙。



2006年 SUPER GT第9戦 GT300クラス
予選13位 : 決勝12位
獲得ポイント チームポイント0点 累計63点 ランキング 3位
       ドライバーポイント0点 累計86点 ランキング 2位




 今回の敗因のひとつは高橋選手の思わぬ低迷でしょう。
 決勝日、朝のフリー走行では45~46秒、またそれまでの予選も含めた走行でも46秒前後の安定したタイムを刻み、優勝したオートポリスの決勝でも、終始自己ベスト近くを刻んだ。
<br> ところが今回の決勝。ドライバー交代後のラップタイムは、7号車井入選手が44~47秒台。それに対し2号車、高橋選手は46~48秒台。チェッカー直前の3周に限っては49~51秒台である。


 原因はタイヤの変則交換から来たであろう?マシンバランスが、これまでのアンダーステアから、オーバーステアへと、正反対に急変してしまった事による。

 こんな時はどうするか?加藤選手に言わせれば「(グリップの良い)フロントタイヤを壊すんですよ。」との事。ですが、そんな事をいきなりできるドライバーはそんなにはいないでしょう。日本で五指に入ると言われるプロドライバー、加藤選手ならではの、対処法です。

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<左>:第5戦菅生3位初表彰台。
<右>:第8戦オートポリスは加藤選手共々初優勝を果たした高橋選手。
プロドライバー(しかも高橋選手に比べはるかに若手・・)が連なる中、アマドライバーがここに立つのは、プロ化した近年のGTでは、かなりの“もの”。・・・らしい。



 レースウィークでは、決勝へ向けて最適なマシンバランス見つける事を目的とします。(予選一発!を見つける事も重要)特に、我々のチームの様にドライバーが“プロ”“アマ”混成となると、“アマ”の高橋選手がドライビングし易いセッティングにします。(“し易い”と言っても“誰でも”と言う意味でありません)
 しかしそれは、高橋選手のスキルUPに合わせ、徐々に“プロ”方向へ向かって行き、マシンその物の熟成と合わせ、菅生での3位表彰台、そしてオートポリスでの優勝をもたらしました。


 が、そのバランスが想定外に大きく崩れ、結局そのマシンバランスを、受け入れるしか無い高橋選手は、思わぬ動きをするマシンと格闘し、無事にゴールへと導いたものの、本人にとっては不本意なドライビングであった。

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ゴール後の高橋選手。最終戦でこの走りは本人にとっても不本意。自己嫌悪期間は長い。


 結果論からすれば、変則タイヤ交換を止め、4本共交換すれば、恐らくマシンバランスを崩す事はなかっただろう(多分)。ピットイン時にもっとマージンがあればそうしただろうが、7号車が2本交換でピットストップを短縮した以上、それに倣うのは、当然の選択だろう。(元々オプションとして想定したし・・。)ただそこには“一か八か”のギャンブル的な要素もあり、今回は“負”の結果がでてしまっただけであり、こうした“ギャンブル的掛け”は膨大にデーター収集しているF1でも往々にしてある。
(もつと思ったタイヤがダメになるとか、ガソリン消費が多くなり、途中からペースダウンを余儀なくされるとか・・。)


 モータースポーツは、ある意味それらの安全マージン(ハード、ソフト共)をどこまで“見切り”削り落とすかのスポーツと言えるでしょう。
 結果はこうなってしまったが、高橋選手には来シーズンに向けての“宿題”ができた。ここ1シーズンで格段にドライビングスキルがUPした高橋選手だが、2007年チャンピオン再チャレンジをするには更に“補助輪”を外す時期に来たのかも・・・。

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「Team BOMEX Dream28」 666号車NSX



 02年からずっと戦ってきた、この98モデルNSXもこの富士が最後のレースとなった。結果は2週遅れながら、周防・山下両選手は無事NSXを23位で完走させた。


 無限と童夢のコラボマシンは現在でも、特に300クラスでは見劣りする物ではない。しかし、9年間(内2年は休止)戦ったレーシングマシンとして性能を維持するには、パーツによってはお金で解決できない部分もあり、(実際にはお金で解決できない事はないが、掛かりすぎるパーツも多い。)プライベーターにはやや手に余る。
 Hondaからの貸与マシンと言うこともあり、このレースで完全引退となります。これまでプライベーターの走らせるNSXとして、多くの応援をいただき本当にありがとうございました。

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06年からは300クラス唯一のHondaマシンとなった。

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3.5リッターV6NA、戸田エンジンサウンドはファンも多かった。


Dream28 NSX Memories


このカラーリングが目を引いたデビューは、
01年の鈴鹿ポッカ1000km。
この時だけゼッケン「28」。オリジナルに近かった。
 


翌02年からはフル参戦。
サントリーがスポンサーに付き、
マシン名も「BOSSベルノ東海AR・NSX」GT300で
Hondaマシン初のポールもGET!


03年はスポンサーも変わり
「 リニューカー・ベルノ東海NSX 」となり、
外観もバンパー、ライトを含めた、
フロント周りがゴッソリチェンジ。


04年は韓国のクムホタイヤとジョイント。
苦戦もしたが、勉強になったシーズンだった。
 
 


DATE:2007/02/06