12月18・19日USA:カルフォルニアスピードウェイGTLIVEオールスター戦参戦。2004年全日程終了。【後編】
最終更新日:2004年12月28日(火)16時53分37秒
水曜日に現地入りし、翌木曜日のショートコースでのフリー走行で、高橋選手が6周目にクラッシュ。右前部を小破し、走行不能となり、この日の走行はこれ1回だけの為、全くセッティングも出せぬまま終了。
またスペアパーツも不足、補修材料も通関の関係から持込めず、現地で買付けに走るなど奔走し、修理もままならず、またモーターホームや、輸送用カート、窒素ボンベ等のレースに必要なレンタル品も予定通り届かない等、初日からプライベートチームの苦労を味わう。
それでも何とか走らせられる状態とし、金曜日初めてここカルフォルニアスピードウェイの外周の一部、オーバルを使用した、ロングコースでのフリー走行に出る。
ここで初めて渡辺選手と今回3人参戦可能となった為、若手ホープ吉本大樹(よしもと ひろき)選手が出走。
ところが夕方2回目の走行でクラッチトラブルが発生。多くの走行時間を残し、ガレージに戻され、深夜までの修理となった。
土曜日は1つ目の決勝200マイルレースが予選と共に行われたが、3選手共走り込み不足は否めず、吉本選手の予選アタックで昨日のタイムを大きく縮めるものの、クラス11台中11位と最後尾スタートとなった。(13・14位は現地参加チーム)
【後編】
夕方4時30分素晴しい夕焼け空の下、ナイトレースがスタート。とにかく完走を目指し渡辺選手をスタートドライバーに25周目に高橋選手、そして50周目吉本選手に交代。
いつものGT戦と違い、2回のピットイン、そしてタイヤ交換と、給油が義務付けられた変則ルール。また周回表示や通常のタイム表示等の設備が整わない中でのレース順位がどう入れ替わったかが判らなくなり、終わってみれば8位完走。
これが翌日曜、ショートコースを使った24分×2本のレースのグリッド順になるはずだったが、やはりここアメリカに不慣れな競技団と、エントラントの間で、ペナルティを含め、レース結果が確定されず、急遽予選と、25周レース1回に変更。しかし今日日曜日のメインとなるD1レースのサポートイベント的となるこのレースは各チームの都合、思惑、またマシントラブル等で出走しないチームもあり500クラス9台、300クラス10台と寂しいレースとなってしまった。これには予選、決勝共高橋選手が出走。予選10台中9位。決勝は更に1台が不参加となり、クラス9台中8番手でスタート。殆ど抜き所の無い約60秒のコースの為、終始順位は変わらず周回を重ねたが、終盤痛恨スピン、タイムロス。しかし2台が遅れ、結局7位で終わる。
初のアメリカ式サーキットにエントラント、主催者、競技団、多くの問題、戸惑いの中開催されたレースですが、いままで未経験の、競技として、またイベントとしてのレーススタイル、そしてそれらを支えるファン層を知る事ができた、貴重な4日間でした。

200マイル決勝スタート前の3選手。ヘルメットを脱ぐ間も無い渡辺選手。左端は若手(24歳)吉本大樹選手。この後スペインに渡り、F3000のテストとか・・。

2回目のピットイン。独特のナイターレース。

日曜日のショートコースレースのピットエリア!やはりここまで数百m機材を運ぶ。メカは大変。写っていないが右側ではラジコン、カスタムカー展示、ジムカーナ等、各種自動車関連のイベント会場となっている。

ショートコースを走るNSX。オーバルを走るNASCAR(ナスカー)は別のイベントとして走行中。GTカーはサポートレースの意味合いが強い。
またスペアパーツも不足、補修材料も通関の関係から持込めず、現地で買付けに走るなど奔走し、修理もままならず、またモーターホームや、輸送用カート、窒素ボンベ等のレースに必要なレンタル品も予定通り届かない等、初日からプライベートチームの苦労を味わう。
それでも何とか走らせられる状態とし、金曜日初めてここカルフォルニアスピードウェイの外周の一部、オーバルを使用した、ロングコースでのフリー走行に出る。
ここで初めて渡辺選手と今回3人参戦可能となった為、若手ホープ吉本大樹(よしもと ひろき)選手が出走。
ところが夕方2回目の走行でクラッチトラブルが発生。多くの走行時間を残し、ガレージに戻され、深夜までの修理となった。
土曜日は1つ目の決勝200マイルレースが予選と共に行われたが、3選手共走り込み不足は否めず、吉本選手の予選アタックで昨日のタイムを大きく縮めるものの、クラス11台中11位と最後尾スタートとなった。(13・14位は現地参加チーム)
【後編】
夕方4時30分素晴しい夕焼け空の下、ナイトレースがスタート。とにかく完走を目指し渡辺選手をスタートドライバーに25周目に高橋選手、そして50周目吉本選手に交代。
いつものGT戦と違い、2回のピットイン、そしてタイヤ交換と、給油が義務付けられた変則ルール。また周回表示や通常のタイム表示等の設備が整わない中でのレース順位がどう入れ替わったかが判らなくなり、終わってみれば8位完走。
これが翌日曜、ショートコースを使った24分×2本のレースのグリッド順になるはずだったが、やはりここアメリカに不慣れな競技団と、エントラントの間で、ペナルティを含め、レース結果が確定されず、急遽予選と、25周レース1回に変更。しかし今日日曜日のメインとなるD1レースのサポートイベント的となるこのレースは各チームの都合、思惑、またマシントラブル等で出走しないチームもあり500クラス9台、300クラス10台と寂しいレースとなってしまった。これには予選、決勝共高橋選手が出走。予選10台中9位。決勝は更に1台が不参加となり、クラス9台中8番手でスタート。殆ど抜き所の無い約60秒のコースの為、終始順位は変わらず周回を重ねたが、終盤痛恨スピン、タイムロス。しかし2台が遅れ、結局7位で終わる。
初のアメリカ式サーキットにエントラント、主催者、競技団、多くの問題、戸惑いの中開催されたレースですが、いままで未経験の、競技として、またイベントとしてのレーススタイル、そしてそれらを支えるファン層を知る事ができた、貴重な4日間でした。

200マイル決勝スタート前の3選手。ヘルメットを脱ぐ間も無い渡辺選手。左端は若手(24歳)吉本大樹選手。この後スペインに渡り、F3000のテストとか・・。

2回目のピットイン。独特のナイターレース。

日曜日のショートコースレースのピットエリア!やはりここまで数百m機材を運ぶ。メカは大変。写っていないが右側ではラジコン、カスタムカー展示、ジムカーナ等、各種自動車関連のイベント会場となっている。

ショートコースを走るNSX。オーバルを走るNASCAR(ナスカー)は別のイベントとして走行中。GTカーはサポートレースの意味合いが強い。